ROIC経営とは?PBRへの関心から再注目される背景やメリットを解説
企業の持続的な成長には、投下資本を効率良く利益へつなげていく必要があります。そこで重視されるのが投下資本利益率を指す「ROIC」と、このROICを経営指標とした経営手法である「ROIC経営」です。
ROIC経営は、2000年代に注目を集めていましたが、PBRへの関心の高まりによって再び注目されています。
そこで本記事では、ROIC経営の概要や計算方法、注目を集める理由などを解説します。併せて、ROICと関わりが深い指標やROIC経営のメリット・デメリット、経営のポイントについても見ていきましょう。
1)ROIC経営とは、ROICを経営指標に用いる経営手法のこと
ROIC経営とは、ROICを経営指標として用いる経営手法のことです。ROICとは、Return On Invested Capitalの頭文字を取った用語で、「投下資本利益率」を指します。これは、企業が調達した投下資本(銀行などから調達した有利子負債+株主から集めた自己資本)に対して、利益をどれだけ得られたのかを表す財務指標です。
ROICを計算することで、企業の収益性を判断することができるようになります。ROICの計算方法は、下記のとおりです。
<ROICの計算式>
ROIC=税引き後営業利益÷投下資本×100
ROICの目安は7%以上
ROICは、業界によって差はあるものの、一つの目安として7%以上が望ましいとされています 。ROICの数値が高ければ、少ない投下資本で多くの利益を得られることを意味します。ROICの数値が高ければ高いほど、その事業のコストパフォーマンスも高いということです。
反対に、ROICの数値が低い場合は、投下資本に対して利益率が低い、または赤字であることを意味するため、その事業を持続するにはリスクがあるということを意識しなければなりません。
事業別にROICを算出して活用できる
ROICは企業全体だけでなく、事業や部門ごとに算出することもできます。
例えば、A事業とB事業を行う企業の場合、企業全体に投資した金額だけでなく、A事業とB事業それぞれの投資額でROICを計算すれば、事業ごとの投下資本に対する利益率を可視化できるのです。
事業別のROICは、その企業において価値の高い事業を判断する際の大きな材料にもなります。また、ROICを踏まえた事業ごとの目標も立てやすくなり、適切な予算配分もしやすくなるでしょう。特に、限られた予算を効率的に分配したい場合には、事業別にROICを計算する経営手法がおすすめです 。
※連結会社別/事業別 ROIC指標の実務については下記をご参照ください。
連結会社別/事業別 ROIC指標の実務
2)ROIC経営の注目が高まる背景
近年は再びROICへの関心が高まるとともに、経営指標に用いる企業も増えてきました。その理由として考えられることを、3つのポイントに分けて見ていきましょう。
投資家が企業に対して、利益率の向上を求めるようになった
投資家は、企業に対して「利益額」ではなく「利益率」の高さを求めるようになったことが、ROIC経営の注目が高まった理由の一つです。ROICを見ることで、その企業が投下資本に対してどれだけ効率良く利益を得られているのかを把握できるため、投資家はROICに注目するようになりました。
投資家にとってROICは、企業の持続的な成長性や収益性を、より正確に知るための大きな判断材料となるもの。投資に値する企業であるかどうかを判断するための指標として、現在は多くの投資家がROICを参考にしています。
投資家が利益率を求める動きが高まったことにより、企業もROICおよびROIC経営を重視するようになりました。
伊藤レポートの発表
2014年8月に経済産業省が発表した「伊藤レポート」では、「グローバルな投資家に認められるには最低限8%を上回るROEを達成することに各企業はコミットすべきである」という指摘がありました。 これも、多くの企業ROICおよびROIC経営を意識するようになった大きなきっかけといえるでしょう。
伊藤レポート発表後、企業はROEの改善に注力するようになり、事業ごとの利益率を管理しやすいROICを意識するようになったのです。
PBRへの関心の高まり
2023年3月、東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応を通じて」を発表。その中で、企業の株価と純資産の比率を示すPBR(Price Book-value Ratio)が1倍割れしている企業に対し、改善が要請されました。これによりPBRへの関心が高まるとともに、資本コストを意識したROIC経営も注目されるようになったのです。
また、PBRの高い企業の多くがROICを基準にして事業ポートフォリオの再構築を行っており、ROICと連動した適切なKPIを事業ごとに設定することで収益能力を高めています。このこともROIC経営が注目される要因と考えられます。
3)ROICの関連指標
ROICと関わりが深い関連指標として、「ROI」や「ROE」「ROA」「WACC」があります。
それぞれの概要や計算方法を確認しておきましょう。
ROI:投資利益率
ROI(Return On Investment)とは「投資利益率」のことで、投資金額に対してどれだけ利益を得られたのかを表す指標です。ROIが高ければ高いほど利益率も高いということとなるため、投資家にとっても魅力的な企業となるといえるでしょう。
ROIの計算方法は、下記のとおりです。
<ROIの計算式>
ROI=利益額÷投資額×100
ROE:自己資本利益率
ROE(Return On Equity)とは「自己資本利益率」のことで、自己資本をどれだけ有効活用して利益を得られているのかを示します。
ROICの計算式では分母(割る数値)に投下資本を用いますが、ROEは投下資本から、銀行などから融資を受けた有利子負債額を差し引いた数値を使用。また、ROICの計算式の分子(割られる数値)としては税引き後の営業利益が主に用いられますが、ROEでは販売管理費や法人税などを抜いた最終的な利益の当期純利益を用いる点もROICとの大きな違いです。
ROEの計算方法は、下記のとおりです。
<ROEの計算式>
ROE=当期純利益÷自己資本×100
※ROEについては下記をご参照ください。
PBR、PER、ROEの違いとは?それぞれの意味や関係性を解説
ROA:総資産利益率
ROA(Return On Assets)とは「総資産利益率」のことで、企業の総資産から得られる利益の割合を示します。企業の持つ資産の効率性や利益性を評価することができる指標です。
ROICの計算式では、投下資本が分母に含まれています。一方、ROAの計算式の分母には投下資本以外のものも含む、企業の持つ全ての資産が組み込まれます。そのため、ROAは企業の経営効率をより広い視野で把握したい場合に役立つでしょう。また、ROAはROEと同様に最終的な純利益を計算に用いるのが一般的なため、投資家目線の財務指標としても使われています。
ROAの計算方法は、下記のとおりです。
<ROAの計算式>
ROA=当期純利益÷総資産×100
WACC:加重平均資本コスト
WACC(Weighted Average Cost of Capital)とは「加重平均資本コスト」のことで、債券所有者と株主(出資者)に対して企業が支払わなければならない費用を示すものです。また、株主にとっては、WACCは期待されるリターンを表すものでもあります。
WACCは、ROICと併せて経営分析に用いられます。企業には利益がコストを上回ることが期待されるため、利益を得るための効率性を示すROICがWACCを上回っているかどうかを比較することで、企業の経営状態を判断できるということです。
WACCの計算方法は、下記のとおりです。
<WACCの計算式>
WACC=株主資本コスト×株主資本÷(株主資本+負債)+負債コスト(1-実効税率)×負債÷(株主資本+負債)
4)ROIC経営のメリット
ROIC経営は、どのような効果をもたらすでしょうか。
ここでは、ROIC経営のメリットを2つのポイントに分けて見ていきましょう。
収益性をより正確に分析できる
ROICを経営指標の一つとすることで、ROEやROAだけを用いる場合よりも企業の収益性をより正確に分析できるようになります。
ROEは特定の投資に対する利益率を示すもので、算出には自己資本を分母に用います。自社株買いなどで自己資本を減らすと、数値が変動してしまうのがデメリットです。また、ROAは総資本を用いて算出するため、取引先への交渉力が強い場合、買掛金の支払いを遅らせることで数値が変動してしまいます。
ROICは、ROEとROAの両方の課題を解決する指標です。ROICは税引後営業利益を分母に用いるため、数値が変わりません。買掛金の影響も受けないため、収益性をより正確に導き出せるのです。
資金調達がしやすくなる
ROIC経営を導入することで、資金調達をする際に債権者への説明がしやすくなるため、さらなる資金調達が期待できるというメリットもあります。ROICを用いることで、企業が調達した資本を事業へ効率的に使っていることを示しやすくなり、投資家や金融機関からの信頼や同意を得られやすくなるためです。
ROICの数値が高水準であることを示すことができれば債権者からの注目もより高まり、さらなる融資も期待できるでしょう。
5)ROIC経営の注意点
ROIC経営では、注意すべき点もいくつかあります。
ここでは、ROIC経営における注意点を2つに分けて見ていきましょう。
計算式が複雑で、直感的には分かりにくい
ROICは、ROEやROAなどと比べて計算が複雑です。計算に用いられる投下資本に含まれる資本や、ROICが何を示す指標なのかなどについて、正確に理解した上で計算しなければ、ROIC経営のメリットを得ることは難しいと考えられます。
そのため、ROIC経営を導入する際は、ROICの示す意味や計算方法などを正しく理解し、現場にも浸透させる取り組みが必要です。社内研修などの学習機会を設けて、従業員を育成しましょう。
ROICが常に有効とは限らない
一部の産業や企業の成長フェーズによっては、ROICの数値が参考にならない可能性がある点に注意しましょう。例えば、投下資本を用いないサービス業の場合は、ROICを活用する機会はほとんどないといえます。
また、起業したばかりのタイミングや事業の成長期は多くの投資額が必要となるため、どうしてもROICの数値は低くなってしまいます。事業の衰退期も、利益の効率性よりも財務の健全性を優先して評価すべき時期であるため、ROICは有効とはいえません。
企業の成長フェーズは大きく創業期・成長期・安定期・衰退期に分けられますが、ROICはこのうち成長期の中盤から安定期までの期間で有効と考えられています。
6)ROIC経営を効率良く行うためのポイント
ここでは最後に、ROIC経営を効率良く行うための4つのポイントをご紹介します。前述のメリット・注意点を踏まえた上で、ポイントを押さえて取り組みましょう。
評価期間は3~5年 に設定する
ROICの評価期間は、単年ではなく複数年に設定することが大切です。企業や事業にとって必要な投資は年によって変わります。また、投資を行ってから実際に利益が出るまでには時間がかかるケースも多いものです。評価期間を1年間に設定すると、投資額が多く必要だった年は、当然ROICの数値は本来の企業の実力よりも低く出てしまう可能性もあります。
このような事態を避けるためにも、評価期間を3~5年に設定して、ある程度の期間をかけて企業の経営力を把握することがポイントです。
他の指標も併せて活用する
ROIC経営を行う場合は、ROICだけでなく、ROEやWACCなどの関連指標も活用して、分析したい内容によって使い分けるようにしましょう。前述のとおり、ROICは常に有効とは限らないためです。
複数の関連指標を正しく使い分けることで、指標ごとに異なる視点から経営力を評価できるようになります。投資家や株主の視点で自社を分析することも可能です。把握したい内容に合った指標を活用できれば、ROICだけでは見えてこなかった課題が判明する可能性もあります。
特に、ROICはWACCとの併用が欠かせません。この2つの指標を活用できれば、自社の資金の効率性がより明らかになります。
ROICがWACCを上回っている状態を目指す
解説したように、ROICが「利益率」を表す指標であるのに対して、WACCは「企業が支払わなければならないコスト」を表します。事業では利益がコストを上回ることが望まれるため、ROICとWACCを併せて活用するにあたっては、ROICの数値がWACCを超える状態を目指して事業を展開していきましょう。
事業が持続的な成長を続けるためにも、資金調達コストが利益率を上回らないようにする必要があるためです。
ROIC逆ツリー展開を活用する
「ROIC逆ツリー展開」とは、ヘルスケア機器メーカーのオムロン株式会社が独自に生み出した手法です。経営と現場を高度につなげて一体化させ、KPIやPDCAサイクルをより効果的に機能させることで成長していくことを目的としています。
ROIC逆ツリー展開では、まずROICを「営業利益率」と「投下資本回転率」へ分解。そこからさらに要素を細分化していき、部門ごとの目標やKPIに落とし込みます。
ここまで解説してきたように、ROICは主に経営者や株主が用いる指標です。ROICを単純に分解した営業利益率や投下資本回転率といった指標だけでは、現場の業務と直接的には関係しないために、現場の担当者はROICを向上させるための具体的なイメージがしにくいという側面があります。
そこで、上記のように営業利益率と投下資本回転率を細分化していくことで、現場にも分かりやすい指標として展開でき、担当者がROICを正しく理解することにもつながります。
ROIC逆ツリー展開を活用することで、経営と現場の目標を合致させた上で、ROIC向上に向けた取り組みを効果的に進めていくことができるようになるでしょう。
7)関連指標やシステムも活用し、ROIC経営を進めよう
ROIC経営を導入することで、企業の資金調達がしやすくなったり、持続性のある成長をしていくための細かな分析が可能となったりすることが期待できます。ROIC経営を効率良く行うためのポイントを押さえつつ、ROICを経営に活用していきましょう。
また、ROICには、ROAやROE、WACCといった関連指標もあり、それぞれ評価対象も異なります。事業の状況や評価したい内容に合わせて使い分けたり、併用したりすることで、より正確に経営へ活かしていくことが可能になります。
なお、ROICを活用するためには、計算や評価に必要な情報がデータとして常に適切に管理されていることが必要です。ROICの計算は他の指標と比較しても複雑なため、必要な情報の一元管理や効率的な計算のためにも、ROIC経営に役立つシステムの導入と活用も検討することをおすすめします。
株式会社アバントでは、ROIC導入サポート・コンサルティングの豊富な支援実績があります。ROIC経営についてのお困りごと、ご相談も幅広く承りますのでお気軽にお問い合わせください。
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