シリーズ:運用に耐えうる事業別BSの作成方法~経営戦略から見たROICツリーの活かし方~【第1回】
資本コスト経営につながるROICツリー活用
2015年のコーポレートガバナンス・コードに加えて、東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営」を上場企業に対して求めたことから、2023年度末時点で具体策を示した東証プライム企業は885社、半数を超えています。
こうした中で、事業別ROICの算出に取り組む企業が増えていますが、以下のような悩みを抱えているケースが少なくありません。
「ROIC活用のイメージが湧かない」
「全社のROICを算出したが、運用できていない」
「細かな数字の中身に対して事業部側の納得感が得られない」
「時間をかけてROICの数字を出しているが実質的な効果を感じない」
そこで本シリーズでは、資本コスト経営に取り組むにあたって、事業別ROICの活用と”運用に耐えうるBS”の作成方法についてお伝えします。
初回は、事業ポートフォリオ×ROICツリーの経営戦略への示唆の実例をもとにROICツリー活用の意義に関する解説です。
ガバナンスの強化は進み投資は抑制へ
資本コストの考え方が登場した結果、企業は利益を株主還元に振り向けるようになり、ガバンスが強化された側面は有りますが、逆の側面で、結果として成長投資が抑えられることとなりました。成長投資が抑制された状態が継続すると、企業の成長速度は鈍り、アメリカなどと比較して利益拡大が伸び悩むことが想定されます。いわゆるPBR1倍割れなどの要因にもなっています。
企業全体として再び成長につながる投資を行うには、事業の収益構造を可視化し、戦略的に投資すべき事業を特定することが重要です。そのために有益な手段として考えられるのが、精度の高いROICツリーの作成です。
事業ポートフォリオのマネジメントを適切に行い、投資判断の精度を高めるには適切な事業の括りが必要となります。
適切な事業の括りの必要性
事業ポートフォリオを再構築し、どの成長事業にヒト・モノ・カネを分配するのかを考えること。そして投資が当初描いた戦略どおりに行われているかを管理することがコーポレートの役割です。
しかし企業の中で、事業をどのように括るかがうまく整理できていないケースは少なくありません。事業の括りがぼやけていると、事業投資の動機付けもぼやけてしまいます。もちろん収益構造を把握できなければ、投資する先を正しく決めることも難しくなるでしょう。
上図は縦軸に成長性、つまり売上高成長率をとり、横軸にROIC-WACCすなわち収益性をプロットした図です。円のサイズは投下資本の大きさを表します。
事業の括りが曖昧な状態では、位置づけの異なる事業が複数含まれるため、成果の適切性や計画精度を評価できません。
この管理の単位を事業ごとの括りに変えることで、計画の見通しができ、成長性も評価できるようになります。
各事業がグラフ内の右上、成長性や収益性が高い状態にするにはどのようなアクションを取ればよいかの議論も、アクションの評価もできるようになるでしょう。
その結果、どこに成長投資をすべきか、事業拡大を目指すべきか、芯をとらえた計画が見出せるようになるということです。
「事業の括り」を適切化するアプローチ
まず経営管理の根幹である予実管理のPDCAサイクルに、適切な事業の括りによる管理を組み込むことが前提です。本来、適切な事業の括りなくして、適切な計画は立てられないはずです。
しかし、事業部門の計画立案では、事業の実体に沿ったより詳細な粒度で事業計画を立てますが、経営層への報告は、それを合算して報告しているケースが見受けられます。そのため、コーポレートの視点では、計画単位の粒度をより掘り下げていくことが重要なアプローチとなります。
現状の組織階層と事業の括りがマッチしていない場合は、組織階層にプラス1~2階層を設け、計画業務のあり方自体を見直す必要があります。
適切な事業の括りを実現するには、現状の管理実態を見極め、予実管理プロセスや組織構造も含めて、段階的に改善を図ります。経営管理の仕組みと連動させることで、より精度の高い計画策定と実行管理が可能となり、企業価値向上に向けた戦略的な意思決定につなげられるのです。
ROICツリーの活用方法
経営戦略の視点で見ると、ROICツリーは投下資本利益率(ROIC)をもとに、どこにヒト・モノ・カネを投入すべきかを明らかにするためのツールです。
バリューチェーン別に分解し、さらにBS、PL、KPIを可視化することで、その事業のROIC構造が理解できます。
その結果、改善のためのアクションを適切な数字に基づいてプランニングできるようになります。
しかし、ROICツリーの設計には、さまざまな論点が発生するはずです。ここでは、弊社の推奨する設計方法・活用方法についてまとめます。
ROICツリーのKPI設計の「壁」
さらに弊社のさまざまなサポートの経験から、ROICツリーを実装するためのKPI設定でぶつかりやすい「壁」の存在もお聞きしています。これら壁の乗り越え方も知っておいてください。
設計時にはデータの実現性を考慮する
KPIを設計する段階で、データの実現性も同時に評価することが大切です。定期的・自動的に算出されるデータでなければ、手計算で算出したり、その都度事業部からの報告を依頼したりしなければなりません。
取得しやすいデータを採用することで、実現性の担保につながります。
KPIのツリー構造と財務成果を関連付ける
重要かつ絞り込まれたKPIをただ選択して設定するだけでは、財務成果へのインパクトが不明確となるリスクがあります。KPIのツリー構造を定義する際に、勘定科目との関連性や計算式を明確にすることが大切です。
変化に対応できる柔軟なデータモデルを設計する
市場環境や競合の状況が変化することで、見るべきKPIも変化を迫られる可能性を見越しておく必要があります。しかしデータモデルを固定的に設計すると、新たなKPIを柔軟に採用することが難しくなります。
そこで内訳の分解、数量×単価、総量×率などとシンプルな設計を持たせておけば、KPIの変化に対応しやすい柔軟性と拡張性のある設計が可能となります。
まとめ
多くの上場企業が直面している成長投資の促進という課題に対し、適切な事業の括りに基づく事業ポートフォリオ管理と、ROICツリーを用いた収益構造の可視化の重要性を説明しました。
事業の括りを適切に行うためには、経営管理がシステムとして整っていることが前提となりますが、実態とのギャップを感じている企業も多いはずです。
● 実績データの一元化と分析基盤の整備
● 計画データの一元化と精度向上
● 資本効率指標の導入と活用
● 事業ポートフォリオ管理の仕組み導入
これらの段階で、データ精度や属人化の排除、計画作成プロセスの効率化、事業部門との連携など、運用面での課題が出てくることを説明しました。
次回以降で、納得感の得やすい事業別ROICの算出方法についてより具体的に解説してまいります。
【本記事の監修者】
株式会社アバント
コーポレートストラテジーコンサルティング部 事業部長 進藤 浩史
<経歴>
外資系コンサルティング会社にて、経営戦略立案(事業ポートフォリオ整理、戦略方針策定等)、事業戦略の監査、中計策定、ガバナンスプロセスの設計・運用、新規事業立ち上げ、企業買収戦略、企業買収デューデリジェンス等のプロジェクトを経験。在籍中、経済同友会に出向(2013年~2014年)し、当時の日本代表と共に、医療介護分野の政策構築と内閣官房・厚生労働省への政策提言を実施。
その後、三菱航空機株式会社にて、国内初の民間航空機事業の立ち上げに従事。CS本部の事業開発室長として、アフターマーケット分野の戦略立案、組織再構築(組織再設計、採用・退出等)、新規事業開発、顧客共同開発、サプライヤ/パートナー管理等の責任者の役割を果たす。