【早稲田大学大学院 佐藤 克宏教授に聞く】事業ポートフォリオ戦略(前編) 重要視される背景を解説
事業ポートフォリオとは、企業が抱えるそれぞれの事業を一つのまとまりとして見るものであり、各事業の成長性や収益性を可視化してマネージしていくものです。企業を取り巻く変化が激しい現在では、いつまでも成長し続け、稼ぐ力も向上し続けると断言できる事業は存在しないため、戦略的に事業ポートフォリオを見直しながら、経営資源を効率的に配分することが求められています。
とはいえ、こうした事業ポートフォリオ戦略がなぜ重要なのか、またどのように戦略を立てるべきなのか、気になる企業も多いでしょう。
そこで、事業ポートフォリオ戦略に詳しい専門家として、ビジネススクールで教鞭を執りつつ、数多くの企業へ経営アドバイスなども行う佐藤克宏(さとう・かつひろ)氏にインタビューを実施。前編となる本記事では、事業ポートフォリオ戦略の重要性や人的資本との関係などについて伺いました。
※事業ポートフォリオについては、下記をご参照ください。
事業ポートフォリオとは?メリットや作成方法、活用のポイントを解説
※インタビュー後編も併せてお読みください。
事業ポートフォリオ戦略(後編)実践のポイントや成功事例とは?
佐藤 克宏氏
早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
慶応義塾大学法学部法律学科卒業。スタンフォード大学大学院修士課程修了。京都大学経営管理大学院博士後期課程修了(博士、経営科学)。
日本開発銀行(現日本政策投資銀行)、マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナー等を歴任。早稲田ビジネススクールで戦略やファイナンスについての教鞭を執るとともに、企業への経営アドバイス等も行っている。
事業ポートフォリオ戦略の注目度が高まっている
事業ポートフォリオ戦略とは、企業が保有する複数の事業や製品・サービスを全体として最適化し、企業としての成長と稼ぐ力の向上を持続的に実現していく戦略を指します。佐藤氏によれば、この1~2年で事業ポートフォリオ戦略の注目度は高まってきたそうです。
「元々、日本企業の中でも、富士フイルムや日立製作所など大手企業を中心に、事業ポートフォリオ戦略の成功例が見られるようになり、注目度が高まってきています。さらに最近では、東京証券取引所が求めるPBR 1倍超基準への対応やアクティビスト(いわゆる「モノ言う株主」とも呼ばれる)など、投資家たちからの提案への対応としても事業ポートフォリオ戦略が注目されるようになってきました。
例えば最近、オリンパスが祖業である顕微鏡事業を売却し、ヘルスケア領域に注力するという判断をした背景には、こうした投資家との対話からの事業ポートフォリオ変革の推進があったとも言われています」
企業の成長と稼ぐ力を持続的に高めるために、事業ポートフォリオ戦略が重要
では、あらためて事業ポートフォリオ戦略が重要視される背景とは、何なのでしょうか。
佐藤氏は、日本企業の「成長」と「稼ぐ力」を、持続的に高めていくことが求められているからだと話します。
「企業価値とは、事業を通じた利益などから生み出されるキャッシュフローを主要なベースにしています。そのキャッシュフローを生み出すのは企業の成長と稼ぐ力です。
成長とは、売上高の増加によって表されます。稼ぐ力としては、最近はROIC(投下資本利益率)という言葉を耳にするようになったかと思います。これは、投資家から調達した資金を元手に事業を構築・運営して生み出す利益の大きさについての指標であり、事業のために投じた資金(資本)に対して、どれだけ効率的に利益を生み出したかを表すものです。
成長という観点では、世の中のメガトレンドの変化に合わせて、新たな事業機会を創出できるよう、注力する事業を入れ替えていくことが、企業にとって重要になってきています。この点においてアメリカでは、企業自体の入れ替わりが起こっていることが特徴です。時々のメガトレンドによって、例えば、金融、製造業、テック企業などが各時点で株式時価総額の上位を占め、時代ごとにその順位が変遷してきています。
これに対して日本では、これまでに企業自体の顔ぶれの変化はあまりないのですが、そうであっても、世の中のメガトレンドの変化に合わせて企業が持っている事業を入れ替えていくことによって、成長と稼ぐ力を持続的に向上していく必要があるのです。
例えば、世界の人口が2050年前後に100億人規模へと増加していくとか、気候変動が進んでいくとか、今後も中長期的に続くメガトレンドに目を向ければ、そこでの課題解決のために、農業、食料・食品事業、ヘルスケア事業、カーボンニュートラルやエネルギー事業など、今後伸びていく事業領域が見えてきます。
こうしたメガトレンドの下での社会課題に目を向け、これから伸びていくことが見込まれる事業領域に注力したりシフトしたりしながら、自社の事業ポートフォリオをアップデートしていくことが必要なのです。そして、事業ポートフォリオの見直しによって成長領域に注力する際、そこでの稼ぐ力をROICという観点で高めてもいくことが求められます」
事業ポートフォリオ戦略と人的資本経営の関連性
近年注目が高まりつつある「人的資本経営」にも、事業ポートフォリオ戦略は関係していると話す佐藤氏。
人的資本経営とは、人材を資本として捉え、その価値を最大限に引き出すことにより、中長期的な企業価値の向上につなげる経営のことです。事業ポートフォリオ戦略に取り組むことは、人的資本経営にどのように関わるのでしょうか。
事業売却によって他の企業で日の目を見る事業が生まれることもあり得る
事業ポートフォリオ戦略が人的資本経営に関連する点の一つは、企業の中で成長が見込めず、設備や人材に投資が難しくなった事業が、その事業を成長領域とする企業戦略を取るベストオーナーに売却されることによって、売却先企業では成長事業として設備や人材に十分に投資してもらえるようになる可能性がある点です。
「例えば、日立製作所は、社会イノベーションという企業戦略の方向性から外れた日立化成という化学関連の事業会社を昭和電工に売却し、現在は昭和電工と統合されてレゾナックという会社として生まれ変わりました。
日立化成であった時代は、日立の全社戦略から外れて主力事業ではなくなっていたこともあり、設備投資や人材への投資が必ずしも十分には割り当てられなかったと言われています。しかし、その売却先の昭和電工にとっては全社戦略に合致したコア事業の一つとなり、現在では設備投資や人材への投資も充実してきていると言われています。このように、事業ポートフォリオの見直しによって、コア事業として光が当たるようになり、社員のスキルや満足度の向上につながる可能性があるのです。
ただ、こうした判断は、企業が追い詰められた状態になって初めて行うべきものではありません。平時から戦略的に事業ポートフォリオの見直しを検討していき、売却する事業については、売却先企業がその事業を今後の成長領域と位置付けていて価値を最大化できるベストオーナーかどうかを見極められる余裕を持つことが重要です」
新たなコア事業の創出により、人材育成に取り組める
メガトレンドを踏まえて、その下での中長期的な社会課題を解決していくような事業へと事業ポートフォリオを見直すことは、企業の新たなコア事業を創る決断をすることにもつながります。企業戦略がアップデートされ、経営資源の配分も大きく見直されるため、人材にかける投資にも影響するのです。
「事業ポートフォリオの見直しにより、企業が新たなコア事業を作っていく過程で、そのコア事業で勝っていくために必要となる新たなスキルを組織的に構築したり、人材育成や人材評価を進化させたりする点も、人的資本経営と関連する点です。事業ポートフォリオ戦略では、全社戦略に基づき、注力する事業や縮小・撤退する事業を見極め、新たなコア事業を創ったり、ノン・コアとなった事業を必要に応じて売却したりしていきます。どちらの場面でも、必ず人材の価値を最大限発揮するよう戦略的に配慮することが求められるため、人的資本経営にもつながるのです」
人材や働き方の多様化が進む現代において、事業ポートフォリオ戦略を通じた人材育成や人材評価などによって、企業価値の向上にもつながることが期待できるでしょう。
※人的資本経営については、下記をご参照ください。
人的資本経営が注目される背景とは?メリットや実施ポイントを解説
戦略的に事業ポートフォリオを見直していこう
事業ポートフォリオ戦略は、持続的な成長と稼ぐ力の向上に欠かせません。また、外部要因などで必要に迫られて行うのではなく、自発的に取り組むことの重要性が佐藤氏から示されました。中長期的な世の中のメガトレンドに目を向けて、戦略的に事業ポートフォリオを見直していくことが大切です。
※アバントの事業ポートフォリオ管理については、下記をご参照ください。
事業ポートフォリオ管理
※インタビュー後編も併せてお読みください。
事業ポートフォリオ戦略(後編)実践のポイントや成功事例とは?