投稿日:2024.12.09
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インタビュー

【早稲田大学大学院 佐藤 克宏教授に聞く】事業ポートフォリオ戦略(後編) 実践のポイントや成功事例とは?

事業ポートフォリオとは、企業が抱える各事業の成長性や収益性を可視化してマネージしていくものです。変化の激しい現代において、全ての事業がいつまでも成長し続け、稼ぐ力も向上し続けられるとは限りません。そのため、戦略的に事業ポートフォリオを見直しながら、経営資源を効率的に配分することが求められています。
とはいえ、どのように事業ポートフォリオ戦略に取り組むべきなのか、気になる企業も多いでしょう。

そこで今回は、事業ポートフォリオ戦略に詳しい専門家として、ビジネススクールで教鞭を取りつつ、数多くの企業へ経営アドバイスなども行う佐藤克宏(さとう・かつひろ)氏にインタビューを実施。前編では、事業ポートフォリオ戦略の重要性や人的資本経営との関係に注目しました。
後編となる本記事では、事業ポートフォリオ戦略のポイントや成功事例などについて伺います。

※事業ポートフォリオについては下記をご参照ください。
事業ポートフォリオとは?メリットや作成方法、活用のポイントを開設

※インタビュー前編も併せてお読みください。
事業ポートフォリオ戦略(前編)重要視される背景を解説

佐藤 克宏氏

早稲田大学大学院 経営管理研究科 教授
慶応義塾大学法学部法律学科卒業。スタンフォード大学大学院修士課程修了。京都大学経営管理大学院博士後期課程修了(博士、経営科学)。

日本開発銀行(現日本政策投資銀行)、マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナー等を歴任。早稲田ビジネススクールで戦略やファイナンスについての教鞭を執るとともに、企業への経営アドバイス等も行っている。

事業ポートフォリオ戦略を立てる際のポイント

実際に事業ポートフォリオ戦略に取り組むにあたって、どのような点に留意するといいのでしょうか。具体的な2つのポイントを佐藤氏に伺いました。

1. 企業のパーパス、ミッション、ビジョンの明確化

事業ポートフォリオ戦略を立てる上での最初のポイントとして佐藤氏が挙げたのは、企業のパーパス、ミッション、ビジョンを明確化することです。

「何のために自社が存在するのかという『Why』の部分が、ミッション、あるいはパーパスといわれるものです。そのミッションやパーパスを踏まえて、自社が将来的にどのような姿になりたいのかという『What』が、ビジョンになります。事業ポートフォリオ戦略の前提として、自分たちの企業は何のために存在するのか、そしてどのような企業になりたいのか、自社の事業を通じてどのような社会を創っていきたいのかを、あらかじめ明確にすることが大切です」

こうして、経営層が企業のミッションやビジョンを明確にして、目指す方向性を明らかにすると共に、社員にも積極的にコミュニケーションを図って理解を得ていくことで、社員のエンゲージメントを高め、社員の主体的で積極的な活躍につながることも期待できます。

2. ビジョン実現のために全社戦略を決める

企業としての中長期的な目指す姿がビジョンとして明確になっても、どのような道筋によってビジョンを実現していくのかが曖昧なままでは、実際にアクションを起こすことは困難です。そのため、事業ポートフォリオ戦略の2つ目のポイントは、明確にしたビジョンを実現するための道筋として、全社戦略まで決めることだと佐藤氏は言います。

「そもそも、戦略には大きく、全社戦略・事業戦略・機能戦略の3種類が存在します。日本の高度成長期にマーケット自体が大きく伸びていた時代には、各事業に任せておけば収益は自然と上がっていくと考えられ、事業戦略があれば十分とされてきました。

しかし、現在のように事業環境が速く大きく変化する時代においては、事業の見直しや撤退などが求められることも起こります。その際、該当事業の責任者が事業戦略立案を担っており、全社戦略がそれらの事業戦略をただ束ねるだけのものになってしまっている場合には、事業の現場から『自分の事業には抜本的な見直しが必要だ』とか、『他の事業と入れ替えたほうがいい』といった意見が出てくることは期待できないため、事業ポートフォリオ戦略を実現することはできません。

そのため、自社の中長期的なりたい姿であるビジョンの実現に向けて進んでいく道筋を定め、事業の個別最適のボトムアップの視点ではなく、全社最適のトップダウンの視点で事業の優先順位付けやメリハリのある経営資源の配分を決める全社戦略が必要なのです。

こうしたミッション、ビジョン、そして全社戦略に経営者がコミットし続けるということも、とても大切です。今後10年間を見据えた全社戦略があれば、たとえ途中で経営者が変わったとしても、新たな経営者へバトンをきれいに引き継ぎ、必要なアップデートを行いつつも、ぶれなく進んでいくこともできます」

事業ポートフォリオ戦略の成功事例とは?

佐藤氏は、前述した2つのポイントを押さえながらポートフォリオ戦略を実現した事例として、「日立製作所」と「富士フイルム」を挙げてくれました。

前編でも触れましたが、例えば日立製作所は、リーマン・ショック後の2008年度におよそ7,800億円の大赤字を出しました。その際に、そもそも自分たちは何ために存在するのかに立ち戻り『社会イノベーション』というパーパスを打ち出しています。

そして、そのパーパスの実現のためにどのような会社になりたいのかを考えた結果、これから世界で都市化が進む中での都市の社会課題を解決する企業になるというビジョンを掲げ、交通やエネルギーといった事業領域に注力していくという決断をしました。その後、このビジョン実現に向けて、自社の強みを活かす『OT×IT×プロダクト』という勝ち筋を打ち出しつつ、買収と売却による事業の入れ替えを中心とする事業ポートフォリオ戦略を全社戦略として推進して現在に至り、持続的な成長と稼ぐ力の向上を実現してきています。

創業以来の事業であった、金属分野や建機分野のグループ会社なども手放しました。一方で、スイスの重電大手から送配電事業を買収するなど、『社会イノベーション』のための事業ポートフォリオ戦略の下で入れ替えた事業が主力事業として全社の売上高や利益を牽引するまでになっています。

また、富士フイルムは、自分たちがどのような会社になりたいのかを考えた結果、『グローバルヘルスケアカンパニー』というビジョンにたどり着き、主力としてきた写真フィルム事業ではない新たなコア事業の創出に着手しています。これまで、写真フィルム事業などで培ってきた技術を、医療・医薬をはじめとするヘルスケア分野で活かしていくという判断を行い、現在では医薬品や薬の製造受託分野において世界トップクラスの企業としての地位を築いています」

日本企業において、事業ポートフォリオ戦略に取り組んでいるのは大企業が中心で、成功事例はまだ限られています。ですが、不確実性な時代で企業が成長を続け、稼ぐ力も高めていくため、今後、事業ポートフォリオ戦略の重要性はより高まると考えられます。

加えて、佐藤氏は、「事業ポートフォリオ戦略は外的要因などによって必要に迫られて行うのではなく、経営トップの経営判断として自発的に事業の組み換えや見直しを行っていくことが大切」と強調。守りとしてだけでなく、攻めの取り組みとしても事業ポートフォリオ戦略に乗り出していくことが重要であるといえるでしょう。

事業ポートフォリオ戦略のカギは現状の「見える化」にある

佐藤氏によると、自発的に事業ポートフォリオ戦略に乗り出していくために、まず必要となるのが各事業のパフォーマンスなどの「見える化」だといいます。

「日本企業は“カイゼン”の文化を持っていますが、このカイゼンのモチベーションとなるのは現状の見える化です。各事業のパフォーマンスを一覧化し、経年変化を追える状態にすることで、自ずと改善すべき箇所と課題が見えてきて行動を起こすことができます。数値として可視化されることで、経営層と現場が互いに、認識の齟齬なく客観的・論理的な議論ができるのもメリットです」

見える化の実現には、経営管理システムなどの活用が有効

企業の現状の見える化が実現できると、事業や分野ごとにメリハリをつけて経営資源を配分することも可能になります。なお、企業が扱うデータや数値はさまざまですが、現状の見える化を図るには、経営管理システムなどのツールをうまく活用できると良いそうです。

「企業の現状を見える化する方法として定番なのは、横軸にROIC、縦軸に各事業の売上高の成長率を置き、各事業のEBITDAを円の大きさで可視化していく手法です。これを過去10~15年分、毎年作っていき、パラパラ漫画のページをめくるように経年変化を見ながら各事業がどう動いているのか、このままで良いのかを議論するところから始めましょう。これを少なくとも年に一度は行い、事業ポートフォリオのセルフチェックを厳しく行っていくべきです。人間でいえば、内臓それぞれのパーツごとに異常がないかを定期検診するようなもの。こうしたパーツごとの状態を可視化してくれる、経営管理システムなどのツールは非常に有用です」

※EBITDAとは「Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization」の略で、利払い前・税引前利益、減価償却を合算して求められる利益を指す。

事業ポートフォリオ戦略はチームで取り組む

事業ポートフォリオ戦略は、一瞬での効果を求めるものではありません。また、経営者一人で実行できるものではないため、経営企画に携わる人や各事業部門のトップなど経営チームを作ることも大切です。

「ツールを使って可視化した後は、財務部門だけに状況を把握させる企業もあるようですが、経営企画と財務部門がいっしょに取り組まなければなりません。また、CFOに任せっきりにするのではなく、まさにCEOの経営マターとして、可視化された情報をベースにして、経営トップによる企業経営そのものと捉えて事業ポートフォリオ戦略に取り組んでいくことが大切です」

事業ポートフォリオ戦略の立案や実行においては、組織内での人材確保・育成も重要ですが、社外取締役の意見を求めたり、外部のアドバイザーに相談したりといった方法も選択肢になると佐藤氏は話してくれました。

持続的な成長のために事業ポートフォリオ戦略に取り組もう

事業ポートフォリオ戦略は大企業を中心に進められているのが現状ですが、中小企業にとっても中長期的な企業価値を高めるために重要なものと考えられます。自社が目指すべき姿を明確にし、ビジョンを実現するための道筋としての全社戦略として事業ポートフォリオ戦略に取り組みましょう。

事業ポートフォリオ戦略を実行する上では、企業の現状を可視化することが重要です。企業内の情報・データを可視化するためにも、経営管理システムなどの導入をおすすめします。

※アバントの事業ポートフォリオ管理については、下記をご参照ください。
事業ポートフォリオ管理

※インタビュー前編も併せてお読みください。
事業ポートフォリオ戦略(前編)重要視される背景を解説

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