投稿日:2025.03.24
投稿日:2025.03.24

グループ経営管理

ROIC経営・グループ管理会計

AVANT Cruise

ノウハウ

インタビュー

【米国公認会計士に聞く】ROIC経営の落とし穴とは?成功に導く方法を解説

企業の稼ぐ力を測る指標として、近年注目を集めているROIC(投下資本利益率)。これは、企業が調達した投下資本(有利子負債+自己資本)に対し、どれだけの利益を生み出せたかを表す指標であり、収益性や経営効率を評価する重要な指標とされています。そんなROICを、経営指標の一つとして用いる「ROIC経営」を導入する企業が増加しています。その一方で、ROIC経営を導入したものの、思うような成果が得られず、課題を抱える企業も少なくありません。

そこで本記事では、長年にわたり経営指標について研究する米国公認会計士の大津広一(おおつこういち)氏にインタビューを実施。ROIC経営に取り組む企業が陥りがちな失敗や、成功させるために押さえるべきポイントについて伺いました。

※ROIC経営については下記をご参照ください。
ROIC経営とは?PBRへの関心から再注目される背景やメリットを解説

大津 広一氏

株式会社オオツ・インターナショナル代表 米国公認会計士
1989年、慶應義塾大学理工学部管理工学科卒業。アメリカ・ニューヨーク州のロチェスター大学経営学修士(MBA)。

富士銀行(現みずほ銀行)、バークレイズ証券、ベンチャーキャピタルを経て、2004年に株式会社オオツ・インターナショナルを設立。会計・財務に関わるコンサルティングや、年間40社の企業を訪問し、アカウンティング(財務会計、管理会計)、コーポレート・ファイナンスを中心に、日本語、英語によるマネジメント教育に従事。著書に『企業価値向上のための 経営指標大全』などがある。

ROIC経営が注目される背景

近年、ROIC経営が注目されるようになった背景には、国を挙げたコーポレートガバナンス改革があると大津氏は指摘します。

「以前より、海外ではROICは当たり前の経営指標となっていますが、私(大津氏)が2005年に本を出版した当時、ROICについて言及する日本企業はほとんどありませんでした。しかし、この10年程で金融庁や経済産業省、日本取引所グループなどが主導する形で、資本コストや株価を意識した経営と事業ポートフォリオの最適化が求められるようになりました。
こうした一連のコーポレートガバナンス改革によって、日本企業もこぞってROICを導入するようになったのです。ある意味、国の一声で経営指標が変わったといえるでしょう」

ROICは、事業ユニットに落とし込むことで真価を発揮する指標

ROICは、個別の事業ユニットごとに稼ぐ力を測るのが、大きな特徴です。一つの会社が多くの事業を抱え、リソースが分散している日本企業特有の課題に対し、ROICは有効な解決策となり得ると大津氏は話します。ROICを導入することで、個別の事業ユニットごとの採算性や投資効率を評価し、リソース配分を最適化できるからです。

「ROIC経営は、過去の慣習を引きずって投資効率の悪い不採算事業を続けている企業や、政策保有株を持っていて投資効率が悪い企業に対して、その状態から脱却し、成長市場にリソースを振り向けてもらうための国からのメッセージでもあります。良くない事業をやめるだけでなく、そのリソースを成長市場に振り向ける。つまり、ROICは縮小均衡のための指標ではなく、さらなる企業の成長を促す側面もあります。

ROIC経営という以上は、個別の事業ユニットごとに落とし込まないと、ROA(総資産利益率)と変わらず意味を成しません。ROICは、事業ユニットごとのポートフォリオを見直すときにこそ、真価を発揮する指標です。例えば、ROICが低い事業のバランス・シートに問題があるならば、工場の統廃合や外注化などを検討する必要があるでしょう。
ROICは、あくまでも事業を改善するときの目安となる指標で、その数値をどのように活用するかが重要です」

ROIC経営で企業が陥りやすい失敗

コーポレートガバナンス改革を背景に、導入が加速したROIC経営ですが、実際に導入した後、運用の難しさに直面する企業も少なくないと指摘する大津氏。ROIC経営を導入する際に企業が陥りやすい失敗として、次の2つの事例を挙げています。

事例1:経営者がROIC経営にコミットしていない

企業の経営指標は、トップである経営者から発信されます。そのため、経営者自身がROIC経営にコミットしていないと、失敗につながるケースがあると大津氏は指摘します。

「時代の流れに合わせてROIC経営を導入したものの、経営者がROICに関心を持たず、結果として失敗する事例は少なくありません。この問題はROICに限らず、すべての経営指標に共通します。経営者が納得していない指標を財務部門や経営企画部門が一方的に導入しても、機能しないケースが多く見られます。そのため、経営者がROIC経営にコミットしていない場合、失敗につながるでしょう」

事例2:情報発信が不十分で、事業部単位まで落とし込めていない

ROICは、事業部単位まで落とし込むことで真価を発揮する経営指標です。そのため、現場の社員がしっかりとROICについて理解する必要がありますが、経営陣からの情報発信が不十分なことが原因で失敗するケースも見られます。

「ROIC経営を成功させるためには、社員や関係者に向けた情報発信が必要不可欠です。トップがROICを信じ、その進捗状況を定期的に発信し、社内全体に意識を浸透させる必要があるでしょう。しかし、情報発信が不十分なことで、現場の社員は何をすればいいのかが分からずに、結果としてROIC経営の失敗につながるケースもあります。

ROIC経営は、事業ユニットごとに具体的に落とし込むことで、効果を最大限に引き出せる経営指標です。そのため、財務部門だけでなく、現場の社員にもROICを深く理解してもらう取り組みが欠かせません」

ROIC経営を成功させるために押さえるべきポイント

では、ROIC経営を成功させるためには、どのような点を押さえておくと良いのでしょうか。
大津氏は、ROIC経営を成功させるためのポイントとして、下記の3つを挙げています。

ROIC経営の導入理由を、経営者が明確に伝える

ROIC経営を成功させるには、経営者自身がその重要性を理解し、なぜ導入するのかを明確に社内やステークホルダーに伝えることが不可欠です。前述のように、経営者がROIC経営に関心を持っていないと、導入しても失敗に終わるケースが多いため、トップからの積極的な発信が求められます。

「経営方針を説明する場で、経営者が常にROICを用いて話すことが大切です。数回触れるだけではROICを理解するのは難しく、社内に浸透させるのは難しいでしょう。そのため、ROICを導入する目的を明確にし、経営指標を説明する際は、一貫してROICを用いることで社員の意識を高め、社外にも積極的に発信する姿勢が必要です」

計算式を開示し、事業ユニットごとの目標値を示す

ROIC経営を現場レベルまで浸透させるためには、「ROICの計算式や事業ユニットごとのKPIと紐付けたツリー図を開示し、現場の活動とROICの成果を具体的に結び付けることが重要」と大津氏は話します。

「現場の社員にとって、ROIC経営といわれても何をすれば良いのか分からないケースも多いでしょう。そのため、ROICの計算式やKPIを示し、具体的にどの行動がROICの向上につながるのかを目標値とともに提示する必要があります。
すべてを細かく開示する必要はありませんが、運転資金や固定資産、利益の計算ロジックといった概略は開示することをおすすめします」

なお、ROICの計算式は事業環境によって異なり、企業ごとに独自の基準を設ける必要があります。しかし、事業ごとの投下資本を明確に切り分けるのは難しく、計算ロジックを決める際に課題が生じることも多いようです。加えて、計算に必要なデータがそろわないといった問題が発生する場合もあります。
そのため、「必ずしもすべての事業で計算式を統一する必要はない」と大津氏はアドバイスします。

「企業によって、利益を税引前で計算するか税引後で計算するか、また投下資本の範囲をどう定義するかは異なるでしょう。つまり、ROICの計算式は、企業ごとに違って当然です。最初から完璧な式を求める必要はなく、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら調整を加えていくことが成功への近道です」

形骸化させないため、定期的にROICの進捗状況を説明する

ROIC経営を形骸化させないためには、「ROICの進捗状況を定期的に説明することが重要」と大津氏は強調します。

「決算発表などの場で、定期的にROICの進捗を共有することを意識してください。年に1回の説明では不十分で、形骸化するおそれがあります。理想としては四半期ごとに進捗を報告し、現状や改善策を説明することが望ましいでしょう。
ROIC経営を成功させるには、社内外へその意義を浸透させることが不可欠です。そのため、重要な意思決定の際にはROICを指標として活用し、実際の経営に結び付けることが大切です」

日本企業におけるROIC経営の成功事例

大津氏は、前述したポイントを押さえながらROIC経営に成功している企業として、オムロン株式会社と株式会社日立製作所の事例を挙げて説明していただきました。

オムロン株式会社の事例:ROICを逆ツリーで示して、現場のKPIと紐づける

オムロン株式会社は、コーポレートガバナンス改革以前からROIC経営に取り組んでいる企業として知られています。
同社のROIC経営について大津氏は、「現場の意見を重視しながらROICを浸透させている点が優れている」と評価します。

「ROICは売上高利益率や投下資本回転率など、さまざまな要素に分解できますが、要素を分解しただけでは現場の社員に理解してもらうのは難しいでしょう。そこでオムロンは、分解したROICを逆ツリー形式で示し、事業ユニットのKPIとリンクさせて展開。(※オムロン株式会社「統合レポート 2021」p.29を参照)
この方法により、すでに現場で使われているKPIと結び付けられるため、社員一人ひとりがROICを自分事として捉えやすくなるのです。
このように、現場の意見を取り入れながらROIC経営を実践することで社員の理解を深め、全社的な意識改革を実現している点が、オムロンの強みといえます」

株式会社日立製作所の事例:経営陣が積極的にROIC経営の意義を発信する

株式会社日立製作所では、経営陣がROIC経営の重要性を社員に向けて積極的に発信し、その浸透に努めています。

「日立製作所は『日立 統合報告書 2020』において、執行役専務CFOがROIC経営の重要性を説明しています。例えば、ROICを指標として導入する目的を、『バランス・シートも意識して、資本コストとの見合いで利益を追求する方向を明確にすることで、資本効率の向上と収益性の高い事業へ経営資源を集中させ、会社全体の成長を加速すること』と明記しています。

さらに、ROICツリーを活用してROIC経営の浸透を図る中で、『推進している事業が資本コストに見合うかどうか、ROICを軸に議論や意思統一を図れる』と、導入の成果も紹介しています。
こうした取り組みからも、ROIC経営を成功させるには、経営陣が目的を明確にし、その意義や成果を社外内に対して積極的に発信することが重要であると分かります」

ROIC経営を行う前に、何を成し遂げたいかを考える

ROIC経営は、あくまでも企業価値向上のための手段です。そのため、まずは「何を成し遂げたいか」を決める必要があります。

「ROIC経営ありきではなく、まずは何を成し遂げたいのかを考えるべきです。そのため、いきなりROICの計算式を考えずに、どのような会社になりたいのか、どのような課題があるのかを考えてみてください。さらに、ROICは万能な指標ではないことも意識し、自社の成長に合わせて見直す必要があります。

例えば、アメリカの3M Companyという会社は、2年程前に先行投資に消極的になるという理由で、役員報酬を定める経営指標からROICを外しました。このように、自社のフェーズに合わせてROICを上手に活用しましょう」

株式会社アバントでは、ROIC導入サポート・コンサルティングの豊富な実績があります。ROIC経営についてのお困り事、ご相談も幅広く承りますので、お気軽にお問い合わせください。

■ ROIC経営についてのご支援についてのお問合せ
ROIC経営・グループ管理会計 | 株式会社アバント

■ AVANT Cruise 事業別ROICパッケージ
AVANT Cruise 事業別ROICパッケージ

企業価値向上のためのグループ経営管理システム
AVANT Cruise

グループ経営管理において必要な財務・非財務情報を収集・統合し、多軸分析を行えるクラウドサービスです。1,200社超の支援実績から生み出された経営管理機能を持ち、データを収集する入力画面や、 90 種類の経営会議レポート・分析帳票などを標準搭載。設定のみで利用できます。

メールマガジン

最新セミナーやダウンロード資料は、メルマガでお知らせしています